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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)687号 判決 1949年11月02日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人松野嘉七の上告趣意第一点について。

憲法第三七第三項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる、被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と規定し、右規定に基ずき刑訴応急措置法第四條の規定が設けられているのである。ところで論旨は憲法の右規定は国が弁護人を附さなければならないことについては何等の條件を附していないから、苟も被告人が自らこれを依頼することができないときは、国は必ず弁護人を附さなければならないのであって、事案の軽重難易は勿論弁護人を依頼することのできない理由の如何を論せず、また被告人の請求の有無の如きは固より問うところではないのである。しかるに刑訴応急措置法第四條は「貧困その他の事由」と「被告人の請求」という條件を要求しているから、この規定は、憲法違反であって無効のものである。從って本件において被告人が貧困のため弁護人を依頼することができなかったこと、及び被告人が弁護人を附することを請求しなかったことも事実であるが、原審及び第一審が弁護人を附さないで審判を行ったことは憲法に違反するものであると主張するのである。

しかし憲法には「被告人が自らこれを依頼することができないとき」と規定し弁護人を依頼することのできない事由を明記していないけれども、被告人が自ら弁護人を依頼できないことについては必ず依頼できないといえるだけの相当の事由がなければならない訳である。そしてその事由は貧困その他の事由という広い表現によって十分に網羅することができるのであるから前示刑訴応急措置法第四條に「貧困その他の事由」と規定したのは單に憲法の規定の趣旨を明かにしたに過ぎないものであって、別に憲法の規定に反して新たな條件をつけたものということはできないのである。また弁護人を選任することは原則として被告人の自由意思に委せられているのであって、被告人が貧困その他の事由の有無に拘らず弁護人を選任する意思のない場合には、刑訴法上いわゆる強制弁護の場合を除いては、国が積極的に被告人のために弁護人を選任する必要はないのである。從って被告人が貧困その他の事由で弁護人を依頼できないときでも国に対して弁護人の選任を請求する者に対して弁護人を附すれば足るのであるのみならず、被告人が自ら弁護人を依頼できない事由があるかどうかは、被告人側に存する事由で国には判らないのであるから、被告人の請求によって弁護人を附することにすることが相当である。

然らば前示刑訴応急措置法第四條の規定は何等憲法の規定に違反したものということはできないのであって所論は到底採用できない。そして本件記録によると被告人は公判請求があった直後判事の勾留訊問を受け、その際判事から弁護人を選任することができる旨、及び刑訴応急措置法第四條の規定に基ずく請求を為し得る旨を告げられたのに対し被告人は弁護人を自ら選任する旨を述べているのである。しかしその後被告人は自ら弁護人を選任することなく、又被告人は何時でも弁護人の選任を裁判所に請求できるに拘らずこれをしないで第一、二審の審判を受けているのである。

そして本件は所謂強制弁護を必要とする事件ではないのであるから被告人に弁護人がなくても裁判所が進んで被告人のために弁護人を附する必要はないのである。然らば原審及び第一審裁判所が被告人のために弁護人を附けないで審判したことは毫も憲法に違反するものではないのであるから、論旨はその理由がない。

同第二点について。

新刑訴第二七二條では裁判所は公訴の提起があったときは遅滞なく被告人に対し弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を知らせなければならないと規定しているが、本件は刑訴施行法第二條により旧刑訴及び刑訴應急措置法の適用される事件であるから右刑訴の規定はもとより適用はない。そして刑訴應急措置法第六條第一項には「引致された被告人又は被疑者に対しては、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げなければならない」と規定しているのである、ところで本件記録を調査すると被告人は最初司法警察官より取調を受けた際弁護人を選任し得る旨を告げられているのみならず、更に公判請求の直後判事の勾留訊問の行われたときにも判事から弁護人を選任し得る旨及び刑訴應急措置法第四條に基ずく請求をなし得る旨を告げられていることが認められるのであるから右刑訴應急措置法第六條第一項の手続は完全に履践されているのである。論旨は右第六條第一項の規定は刑訴第二七二條と全然同一の内容を有するものと解すべきであるから原審裁判所が弁護人の選任がなかったに拘らず、被告人に対して弁護人を選任し得る旨を告げずに審理を遂げたことは前示第六條第一項の規定に違反するものであると主張するのであるが、旧刑訴当時においては刑訴應急措置法第六條第一項の規定により弁護人を選任し得る旨を告げるだけで弁護人の選任について被告人の注意を喚起するに十分であると認めていたので、新刑訴の如く裁判所がその告知をする制度を採用していなかったのである。

新刑訴は前記第六條第一項の規定では被告人の保護がまた十分でないと認めて第二七二條等の規定を新設して前記刑訴應急措置法の規定を廃止しているのである。從って前記第六條第一項の規定が新刑訴の前記規定と同一の法意を包含するものと解すべしとする所論は到底採用できない。然らば原審が被告人に対し弁護人を選任し得る旨を告げずに審理を遂げたことは何等刑訴應急措置法第六條第一項に違反するところはないのであるから、論旨はその理由がない。

よって旧刑訴第四四六條により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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